働く障害者インタビュー「わたしのしごとば」

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中途での障害に立ち向かって・・・

田中 亘さん

障害部位 上肢障害 3級
性別 男性
年齢 45歳
会社名 株式会社メタルワン
所属/職種 大阪支社/IT部門/ヘルプデスク



田中さんは今から約2年半前、当時勤めていたペンションでの作業中、事故により右上肢に障害を持ちました。それ以来、片手を使っての日常生活はもとよりPC操作などもこなすためのリハビリに励み、2年後には現在の職場での仕事をスタートしています。

とても前向きで、独自の価値観を持ち、自分の将来をしっかりと見据えて行動をしている田中さんは、お話をしていて学ぶべきことがとても多い男性でした。実は、そのバックグラウンドには、異色の経歴と多彩な経験があったのです。



自然案内人、パイロット・・・異色の経歴と貴重な体験

現在の鉄鋼総合商社、株式会社メタルワンのひとつ前の仕事場は岐阜県飛騨高山にあるペンションでした。以前から「自然案内人」の仕事をしたかった、という田中さん。1年間のインタープリター(自然案内人)養成講座に通い、その後希望の職に就くことができ、約3年半ほど山の案内や施設の管理・清掃、イベント運営、施設内の樹木や農園の手入れなどの業務に従事していました。

「ここで働く前の渡米経験を経て、“何か日本のためになるような仕事がしたい”と強く思うようになっていました。そこで、日本の自然の良さを広める・紹介する・知ってもらえる仕事をしたいと、インタープリターを目指しました。事前にチェーンソーの資格も取りましたよ。
もともと青森県で生まれ自然に囲まれて育ったこともあり、山での毎日は幸せでしたね。」

田中さんのそれまでの経歴も独特です。
大学を出てすぐに入った会社では建設プロジェクトの部門に配属され、英語が全くできないままサウジアラビアに赴任したといいます。
現地で施工に関する調整や海外のスペックへの対応、設備の細かい設計や引渡し業務などを通して、実務はもちろんのこと、ビジネス英語を使った交渉やコミュニケーションなども身につけ、非常に充実した約5年間を送ったそうです。今も持つ英語力の基礎はこの当時に得たものだといいます。

「サウジアラビアでは先進国・発展途上国に関わらず、様々な国から来た人たちと一緒に仕事をしました。現地での生活というのは、仕事においてのみでなく、良い先輩との出会い、異文化とのふれあいなど、私にとって欠くことのできない経験になりましたね。」

そして、プロジェクトを終え、帰国後の異動を経て5年後、今度はパイロットになる夢をかなえるためにアメリカへ渡った田中さんは、約2年間の滞在中にパイロットのライセンスを取得し、プロになるための訓練を受けたそうです。

「本当は、そのままアメリカでの生活を続け、パイロットとして就職することを望んでいました。目標をかなえるために手を尽くしたものの、その道は非常に険しかったです。いざ、現地での就職・・・となると、いろいろなハードルがありましたね。まずは、視力が悪かったこと、就業可能なVISAを持っていなかったこと、そして日本人だったこと。同じ能力やスキル・資格を持っているのであれば、やはり視力も良いアメリカ人を採用したいはずですから。
後ろ髪をひかれる思いや悔しさはありましたが、少しでも経済的に余裕のあるうちに・・・と、渡米2年2ヵ月後に帰国を決めました。
でも、アメリカでの経験もかけがいのないものになりましたよ。向こうでの生活を通し、逆に自分が日本人であると実感し、日本の良さを改めて知ることとなりました。自分はもっともっと日本について学ぶべき、そして日本人として生きていくべきだと感じ、日本で何かをしたいと強く思うようになったのです。だからこそ、自分の国での足場をしっかり固め、出直すことにしました。」

中途での障害に立ち向かって・・・

そして、前述のとおり自然案内人の仕事に就いた田中さんは、2006年の夏、ごみ処理の作業中に機械に巻き込こまれ右手首から先を失いました。
その後の治療のため入院し、秋に退院。実家に帰って心身を休め、左手で箸や鉛筆などを使う練習などのリハビリを3ヶ月間したそうです。

「リハビリを経て、ある程度日常生活を送れるようになり、もう一度ペンションに戻って働くことにしました。1年勤めたのですが、高山の寒さと雪にはケガを負った手が耐え難く、体調を第一に考えて退職を決意しました。まだ在職しているうちに、障害を持つ方専門の人材紹介会社に登録をし、2社を受け、今の会社に就職が決まりました。
PCスキルや知識については前々職である程度身に付けていましたが、ちょうど景気が良かったことや、会社が必要としていた時期にタイミングがあった・・・というので、うまい具合に内定をもらえたのだと思っています。正直、実力で採用されたとは思ってないので、入社後は惜しまず努力しているつもりです。」

「気をつけてくれる」周囲に日々感謝

今の会社では、社内ITシステムの管理・メンテナンスをしている部署で、田中さんはシステム関連の業務でリーダ補佐を担当しているそうです。証跡の記録用紙の管理や、その手順をふむためのサポートなど・・・社内でも非常に大切なポジションで仕事をしているのだと実感・自負し、責任感を持って臨んでいると言います。

「障害を持ってから、ほぼ初めての会社になるわけですが、周囲は特別扱いをするとか、必要以上の気を遣っている様子が無いので非常に働きやすいです。けれども、“気をつけてはくれている”というのはいろいろな場面で感じるので感謝してます。
業務においては、効率的に進行できるよう自分なりの工夫をしていますが、慣れるまでは苦労したのも事実です。例えば、左手だけでのPC操作なども、最初はスピードも遅くもどかしさを感じる日々でした。でも、今は特には自分の遅さにイライラしなくなりました。できる事に対して、できる限りの努力をするだけです。残業はたまにありますが、その日の業務の量や進捗具合によるもので、作業が遅いことが原因になるようなことはほとんどありませんね。これは慣れもあるのでしょうが、担当させてもらっている仕事内容や量が適切なのだと思っています。こういった点についても、上司には日々感謝しています。」

「仕事ができる」それが幸せ

入社して約8ヶ月。今は、社内ITシステムの内部統制関連が主な仕事ですが、他の業務にも携わる機会も出てきたという田中さん。できるだけ努力は惜しまず、積極的に勉強をしていくし資格取得も必要かも・・・と、意欲いっぱいです。

「今現在は、正直やりがいを直接感じられるほどのレベルには達していないと思っていますが、辛い時期を経て、“仕事をしている”ということ自体にありがたみを感じています。幸せだし、充実感もありますね。本当に、毎日普通に出社しているという生活がものすごく嬉しいんです!」

溢れる夢、自然とのふれあい

休日には、依然として自然の中で過ごす時間を大切にしているという田中さん。近くに小さい山があって、そこで天然水を飲んだり、滝をみたり、マイナスイオンを取り入れたりしているのだそうです。

「将来の夢としては、仕事は生活の基盤としてしっかり続けながら、山ともずっと関わって生きていきたいですね。
耳の聞こえない人・足の悪い人・目の見えない人を山に連れ出したい・・・というのは自分が障害を持つ前からの熱い思いだったんです。それぞれ違う方法で“山”を感じてもらえるはずなんですよね。例えば、言葉や視覚を必要としない“山のツアー”なんて考えられるといいなと思います。触感や味覚、嗅覚を使って自然とふれあう・・・なんていうのもいいと思いませんか?そんな夢を是非実現させたい!
そして、欲張りかもしれませんが、山や自然とのふれあいを通して、日本をもっと良く知った後、年老いてから海外でもう一度生活できればいいですね。」

とめどなく夢や目標の話が溢れてくる・・・そんな田中さんには、本当はあるはずの苦労や辛さを全く感じさせない「強さ」がありました。

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